My favorite Camera No.7

Posted: Tue, 6 Jan 1998 00:00:02 +0900
X-ML-Name: Canopus
X-Mail-Count: 04170
Lines: 550

  謹賀新年

「間違いだらけのカメラだらけ」野沢＠お丸山店です。
年の瀬のどさくさに紛れて、また１台カメラを増殖させてしまった私
ではありますが、今年はカメラを買うのは控えよう、と年頭に当たっ
て自分に言い聞かせました（但し、どうしても欲しいカメラは除く）。

本日が仕事始め、という方も多かったのではないでしょうか。
（ちなみに、お丸山店は２日から営業致しております。）
いつまでも正月気分で居るわけにも参りません。
速やかに通常モードに戻らないといけませんよね。

昨年７月から当ＭＬに参加させていただき、八方が原や２５周年パー
ティ、山北等において、懐かしい方々や知らなかった若いＯＢの方々
ともお会いすることができて、とても楽しい半年でした。
これもひとえにカノープスＭＬのお陰である、と感謝しています。
パソコンと一本の電話回線によって、皆さんとの距離がぐっと縮まり、
あたかも星見会の部室でしゃべっているような錯覚さえ覚えます。
ほんと、インターネットは大した発明だ！

「感激してないで、さっさとカメラの話をしろ！」
との声も聞こえますので、お決まりのコースに進みたいと存じます。

カメラ好きが多い当ＭＬにおいて、ミノルタＸＤユーザーが数多くい
らっしゃることは周知の事実でありますが、隠れユーザーを含めると
あのＸＤに勝るかも知れないカメラがあるんですね。
“思カメ”への登場順を多数決で決めるとしたら、真っ先に取り上げ
なければいけなかったわけで、ユーザー様には寂しい思いをさせてし
まい、まことにすまんこってす。こちらにもいろいろと都合は別にな
いんですけど、やっと今回登場の運びとなりました。
それでは早速、９８年１発目の“思カメ”に突入だー！っと


      野沢＠古カメ党の
              “思い入れのカメラ”コーナーNo.７

当ＭＬ内最大派閥を形成していると思われるそのカメラとは、意外に
もニコンＦ２だったのです。
「意外にも」と申しましたが、星見会員は昔からカメラ好きの人が多
く、なかでもニコン党が圧倒的でしたから、当然の結果と言えなくも
ないですかね。ただし、正確に言うと「Ｆ２」とはアイレベルファイ
ンダーを装着したモデルを指すので、今回の場合はフォトミック系を
含めた「Ｆ２シリーズ」と書くべきだったかも知れません。単一機種
では、やはりミノルタＸＤが最大勢力であることに変りないでしょう。
（ひょっとして、隠れユーザーがもっと多そうなニコンNewＦＭ-２あ
  たりが一番だったりして.....）

＜世間でのＦ２の評価は？＞
先頃、一部のカメラ好きの間で話題に上っていたニコンＦの後継機で
あり、一眼レフ全盛期の70年代を代表するニコンの、いや、世界のフ
ラッグシップ機であったわけですが、このＦ２の世間での評価は必ず
しも高いとは言えないらしいです。“星見会25周年パーティー”の席
上でＦ２ユーザーのひとりが、「Ｆの評価に比べて、Ｆ２は不当に評
価されている」と語っていましたが、それを受けて私は、「Ｆの評価
が異常であって、Ｆ２の評価は相応だと思う」という意味のことを言っ
て別な話題へ移ったと記憶してます。今になって考えると、私の言葉が
足りなくて彼に誤解されてしまっているとしたらまずいので、ここで補
足しておくことにします。
ユーザー歴２７年、Ｆの素晴らしさを良く知っている私から見ても、現
在の中古市場での“Ｆ人気”は手放しで喜べないほどの加熱状態です。
この“Ｆ異常人気”に比べるとＦ２はちっとも評価されてない、と彼が
感じるのも無理からぬ事かも知れません。しかし、中古市場においては、
同時代の代表的フラッグシップ機キヤノン旧Ｆ-１に比べ、Ｆ２ははるか
に高額で売買されているわけで、中古価格イコール世間の評価、とは必ず
しも言えないにしても、それなりの評価はされていると申せましょう。
ただ、彼の不満が「Ｆ２の評価がＦより低いのは不当だ」という点にあ
るのだとしたなら、これはもっと本腰を入れてじっくり考察してみない
といけないわけです。

＜先代も真っ青なＦ２の出来栄え＞
ニコンＦ２は、1971年９月に発売されました。
当時、Ｆの新米ユーザーであった私は愕然としたのをはっきり覚えていま
す。なにしろ、Ｆ購入からさほど月日を経ずして愛機が旧型になってしま
った上に、その新型は旧型の欠点と言える部分をすべて改良しただけでな
く、新しい機能も搭載してさっそうと登場して来たのですから.....
これからＦ２について書いていくわけですが、もしその文中にＦ２に関し
て良からぬ偏見らしき表現が出て来たとしたら、それは私がこの時のショ
ックが原因で、Ｆ２にある種の恨みの様なものを抱いてしまったため、と
解釈していただいても構いません（そのほうが、角が立たなくて良いでし
ょう）。
既に銘機の誉れ高かった先代Ｆユーザーをも羨ましがらせた、ニコンＦ２
とはいったいどんなカメラだったのか？

一言で表せば、「先代の立場がなくなるくらい良くできた２代目」とでも
申せましょう。

遠目にはＦと区別するのが難しいくらい良く似た顔をしていることからも
分かる通り、Ｆのモデルチェンジに当たってニコンでは“キープコンセプ
ト”の方針をとったわけですが、従来のＦにおいて使いにくいといわれた
個所は“徹底的”に改められています。
まず、例のＦのシャッターボタンの位置、これなどはもう改めて説明の必
要がないほどのＦの特徴（欠点？）だったわけですが、別の逸話を思い出
したのでご紹介しておきます。
だいぶ前に、矢板市にある「スタジオ佐藤」という写真館の御主人から聞
いた話です。佐藤さんは以前からＦのユーザーで、その時既に２台のＦを
使用していたのですが、シャッターボタンを押す右手人差し指がＦを使う
ために曲がってしまっていて、「もう他のカメラは使えないんだ」と言っ
てました。で、「Ｆが製造中止になる時、新品を２台買ってストックして
あるから死ぬまで心配いらない」とも語ってました。
最近遊びに行ってないので今どうしているか知りませんが、頑固者の佐藤
さんのことだから、きっと、その曲がった指でＦを使い続けていることで
しょう。
このような変態チックな例を揚げるまでもなく、あの手前に寄り過ぎたＦ
のシャッターボタンは概ね不評でした。
もちろん、Ｆ２ではごく当り前の位置に移してあります。
底蓋ごとポッカリ外さねばならなかった裏蓋も、ごく当たり前に片開きで
開閉できるようになりましたし、ミラーアップも空シャッター切らずにワ
ンタッチ操作でオーケーになりました。
それから、親指に優しくないあのギザギザした捲き上げレバーにも、Ｆ２
では最初からプラスチックの指当てが付いたので皮膚が剥けません。
Ｆでは個体ごとに調整が必要とされていたモードラも、無調整で使用可能
になるなど数え上げたらきりがありません。
いやー、こう書いてみるとＦってとても使いにくいカメラだったんですね。
でも、当のユーザーはそう思ってない、というか、使いにくいって言って
る人の多くはユーザー以外の人なんですよね、不思議と。
使う側がカメラに合わせるのが当然、というか、つべこべ言うんならＦな
んか使うじゃない！って“強烈な頑固さ”がＦには感じられて、なんだか
良く分からないけれども、そのうちに慣れてしまうからノープロブレム？
それはともかく、Ｆ２は、Ｆで問題があったとされる個所はすべて完璧に
改めてあります。
そして、Ｆに無い新機能がいくつか搭載されました。
まず、最高速２千分の１秒のシャッターは地味だけど凄いと思いました。
３５ミリ横走りフォーカルプレーンでは千分の１秒というのが長い間続い
ていましたから、この年Ｆ２とキヤノンＦ-１に搭載された時、いよいよ
次のステージが幕を開けるんだなあ、と感激したものです。
２～１０秒の長時間露出がセット出来る様になったのにも感心しました。
セルフタイマーの機構を利用した完全メカニカル式でしたから、現在の電
子シャッターのように全く正確というわけにはいきませんが、それでも、
惑星などを拡大撮影する時には便利だろうなあ、って思ったりしてました。
あと、あんまり必要性は感じなかったけど、高速側で中間スピードが使え
る（125と250の中間など）とかいう機能が追加されました。
測光機構をフォトミックファインダーに集約するというコンセプト自体は
Ｆの時代から変ってないですが、電池及びスイッチをボディー側に持って
来たあたりは、やはりＴＴＬメーター必須の時代の要請だったのでしょう。
先頃のＦ談議では、“Ｆはアイレベルが一番”と言う意見が多かったので
すが、ＭＬのカメラアンケート結果によれば、Ｆ２ユーザーの多くがフォ
トミックを所有されていることからも分かるように、時代は完全にＴＴＬ
露出計内臓タイプを望んでいたようです。

＜男性的なＦ、女性的で優雅なＦ２＞
これまで述べてきたのはＦ２の機能的な特徴ですが、デザインの面での特
徴はどうなのかと言いますと、一言で言っちゃえばＦが無骨で男性的とす
るなら、Ｆ２は優雅で女性的なデザインである、と思います。
Ｆはニコンの距離計連動機ＳＰを母体として誕生したというのは広く知ら
れているところですが、そのＳＰの源流を辿ると戦後間もなく日本光学か
ら初めて発売されたカメラであるニコンⅠ型に行き着きます。その数年前
まで旧海軍の光学兵器を一手に製造していたという事実から、ニコンＦに
写真機というより武器、兵器の匂いを感じてしまうと言ったら大袈裟に聞
こえてしまうかも知れませんが、直線で構成され、どこにも無駄の無い、
まるで質実剛健という言葉をそのままカメラにしてしまったのがＦである
と思うのです。（でも、ダサいとは全然思いません。デザイナー亀倉雄策
の手が入っているから当り前ですよね。）
片やＦ２は、最初に書いたように一見Ｆに似てますが、それは各パーツの
基本配置等が同じだけでディティールは全くといってもよいくらいＦとは
違うのです。これも一言で言ってしまうと、「Ｆの角張った部分をＦ２で
は全て丸くした」まあ、そんな感じなのです。
このことは、実際に手に持ってみるとはっきり分かります。
ゴツゴツとして手に緊張を強いるＦに対して、Ｆ２は手に優しいと言うか、
どこかでこれと似たような感触を体験したことがあるような......
思い出しました、ライカＭ型です。まあ、そっくり同じ感じというわけに
はいきませんが、Ｆから持ち替えると一層そのように感じてしまいます。
それじゃ、Ｆのゴツゴツ感はコンタックスと同じか、というのも満更外れ
ではないわけです。Ｆの母体であるＳシリーズは、シャッターなどの中身
はライカの機構を取り入れたらしいのですが、外観はコンタックスそのも
のと言えるくらい似てますからね。

外見ばかりか各部の操作感においても、ＦとＦ２はかなり対照的です。
Ｆの捲き上げフィーリングなどは、お世辞にもスムースとは申せません。
ただし、小気味よいラチェットの感触といい、いかにも機械を操作してい
るっていう満足感、信頼感がダイレクトに伝わって来ます。
一方のＦ２では、すべてがスムースで格段に洗練されて来ています。各部
品の材質や加工精度の良さが感じられるわけです。それは仕上げについて
も言えることですが、これに対抗できるのはライカＭ３くらいしか思い当
たりません。
総合的に見ると、Ｆには、良い意味での荒々しさがありましたが、Ｆ２で
は、そのような荒さは微塵も感じられず、“しっとり”とした気品の様な
ものが滲み出ています。“優雅”と呼んでもよいでしょう。

以上のように、先代Ｆのキープコンセプトとは言いながらも、味付けの方
向性はまったく違うわけですが、Ｆに劣る部分は何一つ無いどころか、全
てに渡ってあのＦを超えている、と断言できるのがこのニコンＦ２なので
す。

＜Ｆ２は優等生？＞
しかし、しかしですね、私が長いことＦのユーザーしてるから言うんじゃ
ないのですが、あんまり出来が良過ぎる、っていうのも考えもんと違いま
っしゃろか。Ｆ２って、ちょっと優等生過ぎるんじゃないかってね。
成績優秀でおまけにスポーツ万能、ルックスだって、Ｆのような男っぽさ
は備えてないけど優しい面持ちで好感度二重マル。
家柄もいいですよ、名門ニコン家の御曹司だもの。
体力だって侮れません。Ｆと同等か、それ以上かも知んない。
（これに関しちゃ、例の「先幕後幕ガッチャンコ」試験をやってみれば判
明するかも分からんけど.....
まあ、やる人いないでしょうね、小田さん以外では。）
例えは悪いかもしんないけど、Ｆが反町（ワイルドさがオバサマ達に人気）
だとすれば、Ｆ２は竹野内某かキムタクかな？それとも豊川なんとかか？
まあ、これは冗談だから笑って聞き流してやってください。

確かに、写真機械としての立ち上がりは素晴らしいのだけれど、いまひと
つインパクトが足りない、カリスマ性って言うか何か欲しい気がしますよ
ね？
と、書いたところで思い当たることが......
そうです、アレですよ、気付いた人もいらっしゃることでしょう。
ニコンＦ２には“神話”がなかったんですね。先代Ｆの様な華々しい神話
が無い。
だから、“Ｆ教信者”と同じような熱狂的Ｆ２崇拝者はいないかも知れな
い。
“使いにくさ”までが“神話”になってしまったＦに比べると、Ｆ２は出
来が良すぎてこれといった欠点が無かったですから、エピソードも生まれ
難かったのかも知れません。
人間と一緒で、欠点だと言える部分でも見方によっては魅力的に見える場
合がありますから、完全無欠っていうのも考え物なのかも分かりません。


＜アイレベルとフォトミックの会話＞

アイ「ちょっと待ってくれたまえ！さっきから、Ｆ２、Ｆ２ってフォトミ
      ックを含めて言われてるみたいだけど、Ｆ２というのはアイレベル
      である僕を指すのであって、君はＦ２じゃない、Ｆ２フォトミック
      なの。近藤？金堂？混同してもらっちゃ困るな！」

フォト「そんなこと言っても、Ｆ２シリーズの中で君達アイレベルは少数
        派だし、世間一般でＦ２と言えば僕のようなフォトミック系を指
        すことはもう既成事実になってるんだぜ。」

アイ「いや、それは世間が間違っとるんだ！
      先代を見給え。ニコンＦと言えばアイレベルって決まってたじゃな
      いか。たとえ首から下が同じでも、あんな不細工でデカ頭のフォト
      ミックなんてＦとは呼べない。“Ｆの美学”に反する、とまで言っ
      てる人だって居るんだから。」

フォト「確かに、先代まではそうだったかも知れないね。アイレベルを基
        本に設計されたんだから、後から出たフォトミックが、やれ建て
        増しみたいだ、ほれ建築基準法違反だ、とか酷評されたのも無理
        はないわけだ。」

アイ「おお、やっと理解してくれたか。だから、Ｆ２もアイレベルが基本
      になっている、と僕は言いたかったのよ。」

フォト「チッチッチッ（唇の前で人差し指を振りながら）。
        残念ながら、それは見当違いも甚だしい。先代の頃と違って、僕
        達Ｆ２の時代はＴＴＬメーターは常識になってたんだ。だから最
        初からＦ２はフォトミックを基本に設計されたの。うそだと思う
        んなら、君、自分のお尻をよく見給え！その１円玉位のキャップ
        は何の為にあると思う？メーター用のバッテリー収納の為だよね。
        まあ、君には必要ないんだけどね。」

アイ「うっ、………」

フォト「それに、右肩の捲き上げレバーを準備角まで引き出してごらん。
        うん、それがメーターのスウィッチになってるんだったよね。
        あ、それも君には関係なかったんだね。」

アイ「……………（ダン、ダン、ダン、）」（地団太を踏む音）


さて、これから書くことはわたくしの独断と偏見に満ち満ちてますから、
できれば、Ｆ２フォトミックのユーザー様にはお読みいただかない方が宜
しいかと思います。（御気分を害されても責任持てませんので）

実は、私、Ｆ２の隠れユーザーだったのです。もちろんアイレベルです。
先程のアイレベル君とフォトミック君の会話では、アイレベル君がやり込
められちゃいましたけども、アイレベル派の私としては、アイレベル君の
肩を持ってあげたいわけなのです。
ニコンＦ２が、アイレベルではなくフォトミックファインダーの装着を前
提に設計されたことは間違いありません。しかし、果たしてそれが開発サ
イドの本意だったのか、という点に関しては、そうではなかったのでは、
と感じています。
日本光学というメーカーは非常に保守的な会社であった、と聞いています。
決して冒険はしない、石橋を叩いても渡らない、などと言われたこともあっ
たようです。
ニコンＦの後継機開発の頃には、既にＦは内外から高い評価を得て神話さ
えも生まれていましたから、Ｆ２の開発に当たっては、その前のＦの成功
で自信を持っていたでしょうし、また、それがある種のプレッシャーとし
てのし掛かっていたであろうことは容易に想像できることです。
Ｆが生産され続けた１５年間は、フォトミックファインダーの改良の歴史
だったとも申せます。本体はほとんど当初のままファインダーの変更だけ
で１５年もの長い期間、カメラ界に君臨することができたのですから。
次のＦ２だって１０年やそこいらなら、同じ手法で行けるはず、こう考え
たって不思議なことじゃないわけです。社内においても、Ｆへの信頼は絶
大だったと思われますから。
で、Ｆ２の基本構想をまとめる時、Ｆのようにアイレベルを基本型とする
べきか、それともフォトミックで行くべきかが問題になったと思うんです。
フォミック基本論派の主旨は、世は既にＴＴＬ時代なのだからメーターを
組み込んだフォトミックを基本にするのは当然である、と。
一方のアイレベル派は、メーターの重要性は理解できるけれどもそのため
に大きく重くなっては３５ミリカメラとしての機動性の妨げになる。また、
電気系は低温下での信頼性及び長期耐久性に不安があるので、ニコンのフ
ラッグシップたるカメラの基本型としては相応しくない、と。
激しい議論があったかどうかは分かりませんが、結果としてフォトミック
基本で開発することになる。
で、現行Ｆのフォトミックヘッドは大きく重いことで評判が悪かったです
から、これをなんとかしてコンパクトにできる方法はないだろうか？
ということで電池とスウィッチはボディ本体に移そう、ということになり、
それでもまだまだ大きいので、デザイン的にも小さく見せるために、フォ
トミックファインダーだけはボディの色に関わらず黒一色のみにすること
になった。（Ｆでは、フォトミックファインダーにシルバーとブラックの
両方あって、カメラボディに合わせて選ぶことができたわけですが、ブラ
ックはそこそこスリムにも見えたかも知れないが、シルバーの方は実態以
上に大きく感じたのは確かでしたからね。）
そんなこんなで方針が決まり設計に掛かるわけですが、どうにも納得が行
かないと思ってた技術者が一人いたんですわ。ってニコンにそんな人が実
際にいたかどうかは知らないけれど、私ならきっとそうでしたね。

で、納得いかない“私”の仕事というのがたまたま“ある部分”を設計す
る事だったんですわ。（この“ある部分”についてはこれを最後まで読め
ば分かります。）
その部分に関して上司からは、「Ｆの基本を崩さないこと、あとはお前に
任せるから」、と言われてましたから、此れ幸いとばかり密かにある事を
実行に移すわけです。
これはですね、“アイレベル派の意地”みたいなものなのよ。
しばらくして、図面上がったら見せてみろ、って課長からお呼びが掛かっ
ちゃたんですよね、当然ですけども。で、“ある部分”の設計図を持って
行ったんです。そこで
「うっ、なんだこれは？」
って課長に言われた時は、やっぱり駄目か、って思いましたよ。
でも、やや間を置いてから、
「よし、これでいい。これで行く。」
予想もしない答えが返ってきたじゃありませんか。で、
「課長。ほんとにこれでいいんすか？」
思わずこう聞き返してしまいました。
そしたら、課長、目の奥のほうで何か微笑んだ様にも見えたんですが、
「これでいいといったらいいんだ。責任はオレが取る！」
って言ったんです。

あの人もやっぱり.....

これじゃ、ほとんど「小説ニコンＦ２開発物語」になっちゃいましたね。
まあ、こんなふうなら面白かろうと想像力を目一杯働かせて書いてみたん
ですけども。

好評につき、続けて書くことにします（独断）。

で、その後はどうなったと思います？
うちの課長が承認したからって、このまま行けるとは限らなかったんです
よ、ほんとは。
営業サイドや、偉いさん達のチェックだってあったわけですからね。
もっとも、営業の連中は図面なんかろくすっぽ読めやしませんし、老眼の
重役連にも細かいところは無理でしょうね。
その点では、試作機が出来てからのほうが冷や冷やもんでしたよ。
いつ変更命令が出やしないかって、毎日ビクビクしてました。
でもね、幸いにして、というかこれはフォトミック基本っていうのが反っ
て幸いしたんですよ。
試作機はみんなフォトミックファインダー付けてますからね、くくくっ。
わかんないんですよ、あれ付けてると隠れちゃうから。うっしっしっ。
んでね、あっさり試作審査パスしちゃって、量産試験機が出来た時にです
ね、朝一番に部長からお呼びが掛かったんです、うちの課長に。
そん時ばかりは覚悟決めてましたよ課長も。あんな急な呼び出しってのは
今まで一度もなかったですから。
そんでもって、課長、真っ青な顔して部長室へ向かったことは御想像の通
りです。
課長が出てってからの時間は非常に長く感じました。事が事だけに、始末
書くらいじゃ済まないかも知んない。へたすりゃ島流し（函館かなあ？）、
軽くて減俸は覚悟ってとこですかね。なにしろ、フォトミック基本ってい
う会社の方針を無視しちゃったわけですから。それにね、なにより辛かっ
たのは張本人である私ではなく、課長だけが処罰されるってことなんです。
課長、前に「責任はオレがとる！」って言ってましたから、その言葉通り、
全部自分が被るつもりだったんですよ。そういう男気がある人だから。
１時間、いや３時間くらいに感じましたかね、実際は２０分後位だったら
しいんですね、課長が戻って来たのは。わたしゃ目瞑ったまんまでしたか
ら、課長から呼ばれるまで分かんなかったですわ。
「野沢、ちょっと、こっちへ来い。」
あれ？
呼ばれるとは思ってたけど、その声の調子が妙に明るいゾ？。
左遷のショックでおかしくなっちまったのかな？と思いながら、恐る恐る
課長の方を見てみると、
アリャー、にこにこにっこりニッコール！
「野沢、今晩付き合え！」

その晩、私達が豪遊したことは言うまでもありません。
もちろん、課長の函館出向の送別会という意味ではありません。
一軒目の飲み屋で伺ったところでは、技術部長から感謝の言葉を頂戴した
らしいのです。
なんでも、社長をはじめとする役員全員でＦ２の量産試験機を細かく見て
いた時に、例の“あの部分”が露見したんですね。これについては部長で
さえも気付いていなかったから、そん時部長はぶっ飛びそうになったらし
いです。でも、重役連からは、「おお、Ｆの機構の一部をよくぞ残して置
いてくれた」「さすが、技術部長！」というような賛辞の雨あられ。
で、課長が朝一番に部長室に呼ばれて行って、「いやー、小田課長。よく
やってくれたねえ。ああいった細かい配慮を忘れない君のような優秀な課
長を部下に持てて、私は嬉しいよ。ありがとう、小田くん！」って、部長
から感謝の言葉を賜わった、と。そういうことらしいです。
まったく、歳いった人の考えることはさっぱり分かりませんよ。
私達は、何もそんな目的で“あの部分”をアレしたわけじゃないんだから。
重役連にとって、Ｆというカメラは業績が芳しくなかった頃の会社にとっ
ては“救世主”的存在でしたから、あんなふうに捉えてしまうのも無理は
ないのかも知れません。神様、仏様、稲尾様、Ｆ様！ってね。
まっ、結果的には丸く納まったんだし、あまり文句は言えませんが.....

ところで、
「“あの部分”ってどこのことなのか、教えてくれ！」ですって？
うーん、もう既に分かってる人もおいででしょうが、ユーザーでない方に
は難しいかも知れないので、一応説明しときましょうか。
それじゃ、Ｆ２フォトミックをお持ちの方は、カメラの上面を見ながら巻
き揚げレバーを操作してシャッターを切ってみて下さい。
この時、レバー以外で動いた個所は？
フィルムが入れてあれば巻戻しクランクが回転するかもしれませんね。
それ以外で動く個所は、コマ数計だけのはずです。
（巻き揚げレバーを予備角の位置にするとメーター針が動いた、っていう
のは、この際、なかったことにしておいてくださいませ。）
で、ここからが肝心なところですからね、私の言う通りにやって下さいよ。
フォトミックファインダーをボディから外して下さい。
「えっ、これ外せるの？」なんて、冗談言わないように！
んで、できればここでアイレベルファインダーを装着すると尚よろしいわ
けですが、お持ちでなければ、ファインダーを外した状態でも結構です。
次に、先程と同様に捲き上げてシャッターを切ってみてください。
何か変った点はありませんでしたか？

はい、お気付きになりましたね。
シャッタースピードダイヤルの中心部が回転しますよね。
もう一度捲き上げて、今度はシャッター切らずにそのままにしておいて下
さい。ダイヤル中心部に刻まれている直線が、ボディと平行になっていま
すね？
それが、シャッターがチャージされていることを示しています。
シャッターを切ると、平行でなくなります。
これでお分かりでしょうが、私が設計した“あの部分”とは、シャッター
スピード選択ダイヤル関連部分のことだったのです。
んで、そのダイヤルの中心部に、巻き揚げ完了を表示する機構を付けたと
いうわけです。
「なんだ、そんな機構ならペンタックスにだって付いてるゾ。ペンタでは
  軍艦部にオレンジ色の表示が出る機構だけど。」
って、ペンタックスユーザーならこうおっしゃることでしょう。
ファインダー交換できないカメラや、交換できてもペンタＬＸの場合は問
題ないんですけど、ニコンＦ２の場合、正確には、フォトミック系ファイ
ンダーを装着したＦ２の場合には、この機構は全く役に立ちません！
理由は簡単です。隠れて見えないんだもの、当然です。
アイレベルファインダーを装着すれば、この機構は有効になります。
前に私が“アイレベル派の意地”と言ったのはこのためだったのです。
第３設計課員の私と小田課長の“男の意地”でもあったわけです。

（小説「ニコンＦ２開発物語」からの抜粋でした）


これはフィクションです。まったくの作り話ですが、これを書き終えてみ
て、私は、あることを確信いたしました。
Ｆ同様、「ニコンＦ２もアイレベルが基本である」と。

日本光学というのはとても真面目な会社らしかったですから、小説の中に
あったようなスタンドプレーを見過ごすはずないですし、まして基本モデ
ルに使えない機能を搭載するなどということは考えられません。
よって、Ｆ２開発の基本方針は以下の通りであったと思われます。
 
１. 先代Ｆの基本レイアウトを踏襲する。

２.先代Ｆで不評だった個所は徹底的にリファインする。

  ３.先代Ｆにない斬新な機能を盛り込む。

１は、所謂キープコンセプトですから、アイレベルモデルを基本にする等
がこれに該当するわけです。フォトミックヘッドを小型化するため電池室
とスウィッチをボディ本体に設置するのは、２に当てはまります。ミラー
の大型化やショックの低減等もそうです。３に関しては、２千分の１秒以
外は残念ながらあまり目立たない地味目な機能が多かったですね。
Ｆ２は、あくまでも先代Ｆをたたき台にして開発が行われたのではなかっ
たか、と思うんです。
自動車のモデルチェンジの場合でも言えることですけど、前のモデルが大
ヒットしてると、次はどうしても大きな変更は出来ないですよね。
中身はともかく、デザインはあまり変わらない場合が多い。
それに、メーカーである日本光学にとってニコンＦっていうカメラは、私
達外部の人間が思ってた以上に“大きな存在”だったような気がします。
「Ｆの呪縛から逃れられない」といったら大変酷な言い方ですけど、思い
切った変更ができなかった。もっとも、これには“トレンド”というかＦ
２が出た頃の一眼レフカメラ界の“潮流”というのが大きく影響してると
思います。
ＴＴＬ開放測光は当り前でしたが、ＡＥや電子シャッターとかはもう少し
後になってからのものです。同じ年に登場して来るキヤノンＦ-１もそう
でしたが、ちょうど、メカニカル（機械式）の集大成と呼べるカメラが生
まれるべき時期に来ていたわけです。
こういった熟成期というのは、カタログスペック的にはあまり派手さは見
られないものです。
例えば、先代Ｆユーザーにとっては、機能上どうしてもＦ２が欲しい、っ
ていう理由はそれほど見当たらないのも事実です。
「Ｆ２なんて、所詮、Ｆの改良版だ！」とまで言うＦユーザーさえいるく
らいです。
しかし、それだけに“カメラとしての完成度は非常に高い”と申せます。
もうこれ以上のフルメカニカルカメラは造れない、っていうところまで到
達していたはずです。
それは、カメラ史の面からみても明らかです。
Ｆ２の後継機Ｆ３からは、液晶や“のしいか”（フレキシブル基板のこと
です）等がぎっしり詰まったエレキカメラの時代に入りますからね。
したがって、フルメカニカル３５ミリ一眼レフとしては史上最後に、最も
完成された形で送り出されたカメラがニコンＦ２だったと言えるのではな
いでしょうか。

Ｆ２の最終期には、あの“Ｆ２チタン”が登場しました。
いまさら説明は不要でしょうが、Ｆ２チタンは、Ｆ２がチタンの鎧を身に
纏った「史上最強のフルメカニカル３５ミリ一眼レフ」と呼ばれるべきカ
メラで、言わば機械式カメラの“最終ウェポン”ということになります。
そして、Ｆ２チタンにはもうひとつ「一眼レフ史上最も美しいカメラ」と
いうタイトルが付くと私は確信しています。
詳しくは、“八方が原・秋の大茶会”のレポートに書きましたが、まさに
「工業芸術品」に値する仕上がりです。
で、最後にして最強のメカニカルカメラには、やはり、電気回路は似合わ
ないわけでして、Ｆ２チタンはアイレベルだけでフォトミックチタンなど
というのは見たことも聞いたこともないです。
このことからも、アイレベルこそがＦ２本来の姿なんじゃないか、って思
えてなりません。

チタンではないノーマルなＦ２は、現在、Ｆよりお買い得ですが、私の予
想ではゆくゆくはＦの価格を上回るはずです。
なぜなら、Ｆ２は名より実を取ったカメラですから、今はＦの方に気がい
ってるみたいですが、本当のメカニカルカメラファンならこのまま放って
はおかないと思うからです。
あのライカにしても、Ｍ３、Ｍ３って騒がれてますけど、実用的な改良を
施したＭ４の方がちゃんと高い値札を付けています。それと同じ状況にな
る日がきっと来ると思うのです。
もっとも、いまＦの中古価格が高いのには訳があるんです。
Ｆの中古価格にはＦ教団への“御布施”が含まれているからなんですね。
だから、ノンポリというか、どの団体にも所属しない賢いカメラファンな
らＦ２を選ぶのは明らかです。
“思カメ”No.１で書いたように、２７年前、単なる親の気まぐれからか、
はたまた、神の思し召しだったのかどうか分かりませんが、私はＦのユー
ザーとなり今日に至っております。
新品でしたから“御布施”は致しておりません。
その代りと言ったらなんですけど、布教のお手伝いをさせていただいてお
りますが、もし、あの時、純真な昌一少年が希望通りニコマートのユーザ
ーになっていたら、と悔やまれてなりません。
年代からいっても、ニコマートから順調にステップアップして、当然、健
全なるＦ２ユーザーになっていたはずですからね。
そしたら、今のようなカメラとの淫行関係は有り得ないわけで、心身とも
に清らかなカメラライフを送っていたことでありましょう。
そうなのです、私の場合、Ｆという“魔のカメラ”に出会ってしまったた
めにカメラ観が歪んでしまったのですね。
いや、これは私だけではありますまい。
Ｏ氏、Ｋ氏、Ａ氏、それに、最近になってＦユーザーになられたＳ氏にし
ても、Ｆに魅せられた人はみんな普通じゃない。
（おっと、これは“カメラ観が普通じゃない”という意味で、人格までが
  変だ、と言ってるのではありませんから誤解しないでね。）

だから、健全なカメラファンは健全なＦ２を買いましょう。

どうやら、健全なＦ２を健全な値段で買うことができるのも今のうちかも
知れません。
先頃発売されたチョートクの「カメラジャーナル」最新号で、Ｆ２が取り
上げられちゃいましたから、以前「間違いだらけのカメラ選び」で書かれ
たニコンＥＭが急騰した時と同様な状況にならないとは限りません。
（＃そろそろ買っといたほうがいいよ ＞小笠原くん）


以上、“思カメ”史上最長の超長文になってしまいましたが、私の懺悔の
気持ちに免じてお許し下さい。
では、また次回の“思カメ”コーナーでお会いしましょう。


   野 沢 昌 一
   野沢麹店お丸山店（のざわこうじてん おまるやまてん）
   TEL.FAX  028-686-5758   自宅TEL  028-686-2150
   E-mail  nozawa@mxb.meshnet.or.jp