現地 4日目

サイディング・スプリング天文台見学

今回、宿の管理人さんのご紹介でサイディング・スプリング天文台の主砲 3.9m AATを中心に見学をさせていただきました。
私はこれまで本格的な天文台の見学というのは、木曽観測所の 105cmシュミット、三鷹の 65cm屈折、野辺山の 60m電波望遠鏡(どちらも一般公開)くらいしか経験がなかったので、とても楽しみにしていました。

天文台を太陽系の中心に見立てて、そこからの距離に応じて道路沿いに惑星の模型が置かれているので天文台に近づくにつれて、火星、地球、金星、水星が現れます。(写真は地球と水星。土星・木星はクーナバラブランの町はずれにありました)

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天文台は山の上にあります。
まずミュージアムを兼ねたビジターセンター前の駐車スペースに行き、そこからドーム前の駐車場に移動。

写真でよく見るあの真っ白な、ビール工場のタンクのような背高ドームはさすがに巨大です。
左下の四角いスペースには消防車が配備されていましたが、同時に AATのミニチュア模型も置かれていてすごい望遠鏡愛を感じてしまいました。(ミニチュア模型はビジターセンタに併設のミュージアムにもありました)

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中を案内してくださったのはこの方。お名前を聞きそびれてしまったのですが、観測装置の開発もする技術者とのことで、一般公開ではありえないような詳細までとても丁寧に説明していただけました。

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こちらは主砲の銘鈑。光学系と鏡筒(ドームも)は英国の GRUBB PARSONS製ですが、赤道と制御系は三菱製でした。1974年というと私は高校生になった年です。

たぶん木曽の 105cmシュミットと同い年の望遠鏡という事になると思いますが、たしか天文ガイドでも同じ号で紹介されていたはずで、その頃からずっと南天の大口径機ということにものすごく憧れていましたが、ついに現物にお目にかかることができ、本当に感激しました。

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こちらはカセグレン焦点のために主鏡から抜かれた鏡材の一部。
極低膨張材独特のキャラメルのような質感で美味しそうです。(笑)

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こちらはドームの回転を支える車輪。
全周で 40個(正確な数字を忘れてしまいました)あるそうです。

 

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いよいよご本尊が間近に...
と、その前にこの階からドームの外周に出て周囲を眺めました。

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天文台のある山は古いカルデラの外輪山とのことでしたが、相当風化が進んでいてカルデラを実感することはできませんでした。
同じ山頂にはいくつものドームがあります。最近では iTelescopeというインターネット経由で望遠鏡を利用できるサービスがありますが、そこの拠点の一つも同居しているようです。
足元はこんな感じのグレーチングでスケスケなので、風が強くてちょっと寒かったですが不思議と怖さは感じませんでした。

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ドーム内に戻ると、真正面にご本尊がどどーんと鎮座しています。
ホースシュー赤道儀にまっすぐ直立している姿には背筋を伸ばして正座しているような凛とした雰囲気が漂っています。写真だとなかなか巨大さが伝わりにくいですが、人の大きさ(左端に写っている)と比較してこのくらいの感じです。

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ドーム外周とは切り離されている望遠鏡側のデッキは意外にも木製で、年月を経てとてもいい味を出していました。
天井には副鏡周辺の装置の付け替えに使うものと思われる巨大クレーンの姿もあってゾクゾクするような景色です。(この感覚、わかってもらえますかね? ^^;;)

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研究者用の休憩室を通過して、さらにご本尊に接近。
主鏡の裏側の空間(カセグレン焦点のきている場所)を形作っているカゴの中に入っていきます。
ここにはとても多くの通信用ケーブルが来ていて、まるで視神経の束のような雰囲気を醸し出していました。

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カゴから全員出るとゴツいドアが閉められます。
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そしてコンソールのある制御室で操作すると...望遠鏡が派手なモーター音とともに動きます。
実にシビレる光景です。(笑)

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大切な主鏡を守るためにミラーボックスの上端には花弁状の電動カバーが設置されていましたが、それも電動で開けていただいたうえで筒先から覗くと...美しいミラーに自分たちが映っています。
ミラーは年に一度再メッキをするそうで、蒸着装置も階下に設置されていて実物を見せていただきました。

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こちらはプライマリフォーカスに置くセンサーアレイで、この方が開発されたモノ(と言っているように聞こえたのですが自信なし)だそうです。
光ファイバーを通して一度に 400個以上の銀河の測光を同時にできる装置で、この上の面に X-Yプロッタのような機構が載っていて、それで星図から拾った銀河の位置にある像のデータを読み取っているようでした。
後で調べたのですが、どうやらこれを使って銀河の赤方偏移掃天観測をおこなってカタログを作り、三次元的な位置測定の結果からダークマターの分布なども調べているようです。

モノを作ったり機構を考えたりするのが好きな私としては、もしこんな仕事をできたら素晴らしかっただろうなあ、なんて今さらながら思ったり。(もっと若いうちにいろんなことを勉強しておくべきでした。)

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こちらは前の年に交換したドームの車輪とレールの断片だそうです。
40年以上の時を経て、真っ平らだったはずのレールには深い段が刻み込まれて湾曲し、車輪の方も摩耗してベアリングもボロボロになっています。
設備の老朽化に対して、国からの予算がなかなかつかないことについて残念そうな表情をされていたのが切なかったです。どこの国でも行政府の基礎学問への理解は深くなく予算がつきにくいのですね。

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その後、ミュージアムを見学し、お土産を買って帰路に。

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金星と木星のオブジェを見つけたので撮ってみました。

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また、広い農場のようなところに個人所有のものと思われるドームがありました。
こんなところで毎晩星を見ることができたら、きっと私が今やっているように時間に追われて写真を撮る気になんかならないんでしょうね。

夜の部

この日は少し余裕ができたので 、撮影の合間にようやく Skさんにドブでの南天のガイドをしていただくことができました。

やはり双眼鏡とは比較にならない大口径の集光力を使って眺めると更に一味違う世界が待っていました。

Skさんのおススメはいろいろあったのですが、特に印象的だったのは何といっても小マゼラン雲の傍らにある球状星団( NGC104)と、大マゼラン雲の中にある通称タランチュラ星雲(NGC2070)でした。
NGC104は 40cm Ninjaで見ると広角アイピースでも視野いっぱいにびっしりと星が密集していて、いつまでも眺めていられるほどでした。
また、50cmドブで見たタランチュラ星雲は青白い蝋細工のような質感の幾何学模様に見え、見入られるというか「吸い込まれてしまいそう」という表現がぴったりくる眺めで、これまたいつまでも眺めていられる姿でした。
大マゼラン雲の中には無数の星雲・星団があってそれぞれに興味深いのですが、やはりタランチュラは破格だと思いました。

それから、主砲の 1m F8カセグレン(故障中)で見ることのできなかった大接近直後の火星は 50cmドブで見ましたが、残念ながらあまり気流の状態が良くなくて倍率を上げられず眩しすぎる(!)ことと、6月に発生したダストストームがまだ収束していなかったことが相まって模様がほとんど見えずパッとしませんでした。
オーストラリアは気流が安定しているというお話だったので期待していたのですが、やはり冬場は気流が悪くなるものなのかもしれません。(昼間はかなり気温が上がりますし夜間はそれなりに冷えるので)

撮影の方は、135mmによるさそり座尾部の 6パネルの高精細モザイクを中心に、日本では高度が低くて透明感のある絵にならないさそり座・いて座あたりを重点的に狙いました。

この日も当然徹夜のつもりでいたのですが、26時を過ぎたあたりから南の低空から雲がじわじわと上がってきて、27時くらいには完全に曇ってしまって回復の気配がなかったので早めに撤収しました。

moz_Sco_4266-4367_x7.jpgM8_M20_Saturn_2387-2398_comp12.jpgM17_M16_2399-2410_comp12.jpgmoz_Antares_2339-2386_x4.jpg

帰国後に撮ってきた画像処理してみてつくづく感じるのは、暗い空で撮ったデータの S/N比の高さです。

例えばアンタレス周辺の星雲などは日本では高度が低く光害の影響も激しく受けるのでコンポジット枚数を増やしたうえで少し強めの画像処理をしないと姿を浮かび上がらせるだけでも苦労しますが、今回はかなり控えめに処理したつもりでも簡単にこんなに鮮やかな姿・色合いになりました。

日本国内では光害が年々ひどくなる一方で、近年は特に LED街灯のせいで安易に数も明るさも増える方向が加速しています。自宅周辺でも、以前は年に何度かは天の川を見ることができましたが、ここ数年はそんな日は年に一度あるかないかです。

一方で、ここ数年、星空の写真や星を眺めるという行為にはずいぶん注目が集まっているようにも感じていて、例えば TVの CMなどでは望遠鏡を持ってどこかへ星見に行くシーンをよく見かけるようになりましたし、Instagramに代表される写真系 SNSでは星景は大変な人気コンテンツです。

非日常を求めて旅先で美しい空を満喫するのも素晴らしい体験なので否定などするつもりはありませんが、日常の中にあのように素晴らしい空がいつもあるオーストラリアの人たちは本当に羨ましいです。
まして、星は本来いつでもそこに美しい姿で存在しているのに、簡単に見る/撮ることができないから「希少価値として」人気があるというのは悲しい話です。

何も街灯をなくしてしまう必要はなく、余計な光を空に漏らさなければいいだけの話なので、例えば街灯の上半分に深めの傘をつければ相当の効果が見込めますが、実現するにはコストがかかります。
何かいい方法はないものでしょうか。